Pennyと地球あっちこっち

日米カップルの国際転勤生活 ~ ただいまラオス

弁当箱と大福帳

来年は後期高齢者にステップアップするという美容師さんが連日なんか食い物を持ってきてくれるんだが、昨日はこれだった。

魚のフリッターの下にいろんなものが隠れていて、いったい何種類の食材が入っているのか、途中で数えるのを止めるほどいろいろあったのだが、この弁当はもともと自分たち用につくったもので、急に予定が変わって帰宅することになったので食べる?といって置いていってくれた。

そんな事情により、弁当箱は自家用のものだった。

「こんなきったないやつでゴメン!気持ち悪かったら大皿に移すから」と恥ずかしげにおっしゃるのだが、むしろわたしはこの弁当箱に感動させられていた。素朴にして堅実。弁当箱なんてこれでいいんだよ、いらぬ見栄を張って生きてはいないかと、こちらの足もとを見透かされるような強さがあった。

ボロい弁当箱を使うほうがエライなんていうつもりはない。暮らしの道具のあつかいは、ひとそれぞれ。わたし自身、弁当箱がここまで擦り切れたらしっかり直そうとするか捨てるかだと思う。そういうことじゃなくて、なんていったらいいのかよくわからないが、忘れていた世界の広さみたいなものを思いがけず見せてもらったような、ポジティブな反応が自分のなかにあり、そのことに少し戸惑いつつも楽しんでいる感じ。

今日はな、我が家に伝わる大福帳を撮影した。

桐山甚兵衛という客への味噌・醤油の売り掛け金と支払いが記録されている。名前の次の行に「七年」とあるのはおそらく昭和7年(1932年)だと思うが、田舎の商売屋ってまだこんな感じだったのかね。

あるいは大正7年(1918年)という可能性もあるが、それにしたって大福帳とはねえ。どっちの年代であっても、筆を舐め舐めこれを書いたのはわたしの祖父で間違いないだろう。このひとは日露戦争に徴兵され、騎馬偵察隊として満州の荒野を駆けまわった経歴をもつが、復員して家にもどり大福帳を開いたとき、平和の有難味をしみじみと感じたにちがいない。

人間、いらぬ見栄など張ってメンツが立った潰れたと右往左往するより、くたびれた弁当箱や大福帳の日常を送れることがすべてなんじゃねえかなんて思ってみたりして。

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