大学を出てしばらくしたころ、実家に帰省中おどろくべき話を聞かされた。
隣町の造り酒屋から縁談があったというのだ。
その家には娘が三人。いずれも容姿端麗で「〇〇酒造の美人三姉妹」として知られているというが、隣町のわたしには初耳だった。
「美人」のひとことに激しく反応し、ふんふんふんソレデ?!と食いつくわたし。
だが母は「お断わりしときましたよ、もちろん」とにべもない。
先方の条件はムコ入りで、長女と一緒になって家業を継ぐコースだったが、こちらの両親にとって次男のわたしですら婿に出すことは論外の選択だった。
美人と結婚して造り酒屋を継ぐなんてどれほど小説的な人生か!と盛り上がった軽薄なわたしは、けっこうガッカリした。
結果論ながら東京でサラリーマンを続けたわたしは、父が逝き、兄が早世したあと、母が望むようなかたちでは「実家を支える」ことができず、あのときわたしを隣町にムコに出しておけば状況はずいぶん違ったはずと考えることもできる。
人生は選択の連続。そして思いもよらぬ結果をもたらす。
で、初めてのどぶろく造りだ。
見たところ普通に進んでいた。
発酵中のボトルからは「ぷつぷつ、じょわじょわ・・・」という音が聞こえてきて、菌が元気に働いていた。
ただ、味見をすると酸味と辛味が強かった。酸味は雑菌が繁殖すると出てくる。道具は慎重に殺菌したつもりだったが、どこかに穴があったのか・・・
そう思いながら数日を過ごすうち、酸味は徐々に弱まっていった。がが辛味は残った。もしかしたらアルコール度が高すぎるのかもしれない。低くなったらつまらないからと、ブースター効果のある砂糖を加えたのが間違いだったか。
いずれにせよ飲んで美味しいかと言われれば首を横に振るしかない出来だったが、毎日味見しているうちに辛さに慣れて「こういうのもアリかな」という気分になってきたので、ここらで製品化(笑)することに。
発酵開始から9日目の「もろみ」を湯煎で65℃まで温め、10分間放置。これで発酵が止まる。
このもろみをそのまま飲む場合は「どぶろく」と呼ぶが、フィルターで濾すと「にごり酒」などと呼ばれ、税法上は清酒ということになる。
ここまでわかりやすく「どぶろく造り」といってきたが、実際には濾してにごり酒をつくろうとしている。
ボウルに布巾を敷いたところへ、もろみを落とす。
絞ると落ちてくるのがにごり酒。
布巾がくたびれていると小さな穴からぴゅーっと飛び出してきて慌てる。
絞ったあとに残るのが酒粕(かす)。
漬物や料理などに使えるので冷蔵。
消毒済みの瓶に投入。
2合半のコメと1.2リットルの水からどれほどのにごり酒がとれたのかといえば・・・
およそ1.4リットルになった。
まがりなりにもこの量の日本酒をブリュッセルで買うとかなりの出費になるので、お安い酒ではある。
なお、にごり酒を放置しておくと上澄みがこんな感じになる。
これを特殊なフィルターで濾すと透明な「清酒」になり、コーヒー用フィルターで濾すと清酒に近い黄色い酒になる。
ともかくにごり酒ができた。あらためて味見するとそんなに悪い感じでないのはわたしが自分に甘いからだと思うが、何日か保存するうちに味がいい方へ変わる可能性がないとはいえない。
もちろん悪い方へ変わる可能性もある。
ネット上の体験談では「カンタンにできた!」「甘くておいしい!」とみなさん仰るのだが、なぜわたしの結果は今ひとつなのか。
あのとき造り酒屋にムコ入りなんてしなくてよかったかも・・・
こっそり胸をなでおろす晩秋の夕暮れである。
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