Pennyと地球あっちこっち

日米カップルの国際転勤生活 ~ ただいまラオス

100万馬力の思い上がり

あれは小学生のころだったか、鉄腕アトムが改造を受けて100万馬力を得るストーリーを読んだ。ご存じのように彼は10万馬力だから、一挙にパワー10倍。

そこまで読んだわたしは、アトムすげーこれならどんな敵もぜって倒せるじゃん!と感動し、鉄腕アトムの「完成形」にわくわくしながら読み進めたのであるが、ストーリーはだんだんおかしなことになっていく。アトムは次第に100万馬力の無敵感に酔いしれるようになり、ついにはその思い上がった行動により破滅的な危機を迎える(みたいな話だったと記憶する)。

いろいろあってアトムは、お茶の水博士らの努力の甲斐あって10万馬力のからだを取りもどし、奢り高ぶりとは無縁の正義の味方マインドにあらためて目覚める流れだった。

このストーリーは、わたしの中にけっこう大きなものを残したと思う。10万馬力でもなく正義の味方でもないチンケなサラリーマンでしかなかったが、それでも時々は内野守備をボテボテと抜いていくヒットのようなものを打つこともあり、ちょいとばかり得意になったこともある。ただそういうときいつも脳裏には

おいおい勘違いするなよ、お前はほんとは10万馬力なのダゾ

とささやく声があったような気がする。それは奢らず高ぶらず控えめにという戒めであると同時に、自己肯定感の低さの表れでもあり、総合すればわたしの足を引っ張る方向により強く作用したかもしれない。

結果論ながら、妻との結婚は遅すぎたと思う。もっと早く出会って一緒になっていたら、彼女の価値観と愛情の光を浴びながら、わたしの自己肯定感はもう少し高く育っていたような気がする。それ以前には、わたしの人格に直接作用してくるほどの人間関係というものを経験していなかった。それはわたしの殻が厚すぎたから、そして妻のような角度からわたしに迫ってくる女性との出会いがなかったからだろう。

だから妻との結婚が遅すぎたなんてのは笑い話として言っているだけであり、遅かろうか早かろうが彼女を得たことが我が人生の最大の勝利であり、それ以前の自分史はすべて大勝利に向けての序章だったのだと大肯定する10万馬力なのである。

それにしても手塚治虫は偉大だ。彼が蒔いた種は、誰かの心のなかで一生メッセージを発し続けている。わたしは漫画やアニメとはほとんど無縁だったが、あのときの手塚治虫との出会いのインパクトは半世紀以上たった今でもまったく色あせていない。ところで皆さんは何馬力?

あたしは1犬力でじゅうぶん

この週末の作業で、家のなかが次第に我が家的になってきたので、ぼちぼちご紹介しますわな。

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