ペニーとの散歩中、たびたびスタバの前で見かける若者と会話した。
街路樹の根元に座り込んでいる彼はおそらくホームレスで、ひどく汚れたかっこうをしているが、表情は明るい。
最初に話をしたきっかけは、彼が連れているイヌだった。
ボーダーコリーのミックスと思われるその子は、飼い主にぴったりと寄り添い、寝そべっている。
きわめて正直にいえば人間よりもワンコのことが先に気になるわたしは、その子が元気でいるのかどうかが心配になった。
そこでペニーをだしにして近づいていった。
「コンニチハしてもいいですか?」
他人のわんこと触れ合わせたいとき、飼い主に尋ねる常套句。
「どうぞ、どうぞ。この子はバーサっていうんだ」
バーサちゃん、からだは大きいがまだ1歳半だという。その鼻先にはドッグフードの食べ残しが少しころがっている。ふだんの食事はきちんとできているのだろうか。
もちろんそんなことは聞けないから、当たり障りのない会話をする。
「バーサはずいぶん大人しいねえ」
「そうなんだよ、あんまり社交的とはいえないな。イヌとも人間とも。気に入らない相手は無視するね。それと、この子はボクを守る意識が強いらしくて、危険を感じると唸(うな)るんだ」
話がそこまで来たとき、彼はひとつスイッチが入ったようにしゃべりだした。
通行人のなかには、ハンバーガーなどの切れ端をいきなりバーサに投げてよこす人がいてすごく困るのだと彼はいう。
「だってそうだろ、イヌには食べさせちゃいけないものがあるんだから」
というとおり、ハンバーガーによく入っているタマネギは禁止食物の代表だし、小さなおやつひとつでも成分によってアレルギー症状をひきおこすことがあり、飼い主の承認なしに食べ物を与えることはご法度だ。
「もしもバーサが普通の人に連れられて散歩していたら、いきなり食べ物を投げてくる人なんているかい?」
しだいに熱を帯びる彼の口調に耳を傾けながら、心が痛くなった。愛犬の健康だけが問題なのではない。地面に座っているというだけで食べ物を「投げつけられる」ことの哀しみについて彼は語っているように見えた。
ハッとする部分はあった。
ひとりのホームレスと接するとき、相手が自分とまったく等価値の人間であると私は心の底から思っているだろうか。
アメリカに暮らすようになって物乞いする人に接することが格段に増えた。常に礼儀正しくしてきたつもりだが、どこかに油断はなかったか。
やはりわたしたちは、善意で行動しているつもりでも、気づかぬところで人を傷つけている可能性があると思う。
そんなこと大真面目に考えてしまったわけで、バーサとその飼い主との出会いには、思わぬインパクトがあった。
ところで私が去ったあと、入れ替わるようにしてひとりの女性がホームレス氏に声をかけ、リュックサックからいろんなものを取り出しながら「これは使うかしら?これは要らない?」といったやりとりをしていた。
アメリカには物乞いをする人が多いが、助けようとする人も多い。誰かが彼に希望を聞いてからスタバの飲み物を買ってくるところも何度か見た。ほどこしを受ける側も、妙にへいこらしたりせず、堂々と受け取っている。
こうした風通しのいい雰囲気のなか私も、「ふーん、じゃあ今日も暑くなると思うけど気をつけてね」などと言いながら紙幣を手渡し、バーサにも丁寧に別れを告げて立ち去る。
ときに立場を逆転させ、自分が地面に座っていたら世界がどう見えるのかについて考えてみるのは悪いこっちゃないと思った。
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