Pennyと地球あっちこっち

日米カップルの国際転勤生活 ~ ただいまラオス

そこで軍艦マーチですか(年の瀬に思うこと)

2023年になって12ヶ月、ビエンチャンへ来て4か月でもう紅白歌合戦。ジャニ色がほとんどない紅白がどんなものか、それを感じようと思ったら全編を観る必要があり、そんな根気はわたしにはない。今年も年越しそばをすすり、日本から買ってきた極上日本酒(一番ちっせえボトル)をちびちびやりながら、たまにテレビに目をやることにしよう。

ちびちびといえば小津安二郎の名作「秋刀魚の味」を観たら、登場するおやじどもがいっつも酒を飲んでいて笑えた。仲の良い同級生(そのうちふたりは会社の同僚)が何かと言えば料亭・小料理屋に上がり込み、旨いものをつつきながら高級洋酒を飲んでいる。

この映画は1962年(昭和37年)制作で、当時の世情を普通に反映しているものと思われるが、敗戦後わずか17年の日本がこんなに豊かだったことに驚かされた(わたしはまだ4歳で、このころの大人の風景について記憶がない)。

物語りの舞台は高度経済成長期(1955年~1973年)のまっただなか東京で、それだから豊かだったと見ることもできるが、一方で当時の東京の「日常風景」として下の写真のようなカットがぽんと挟み込まれていることに驚かされた。

まだ後始末が済んでいない大空襲の焼け跡。これと料亭での高級洋酒のミスマッチは、なかなか興味深い。

「戦後」がまだまだ終わっていないことを象徴するシーンもあった。

全国の盛り場で隆盛を極めたトリスバーで、駆逐艦の元艦長である主人公(笠智衆)が飲んでいる。彼をここへ誘ったのは、戦後初めて再会した元部下(階級はかなり低い)。この人物は、自動車修理の事業が大いに儲かり戦後生活を謳歌しているのだが、「あの頃はよかった」が口癖。バーのママに「おい、アレかけて」と軍艦マーチがかかるなり、立ち上がって元艦長に敬礼。最初はその場で足踏みだけしていたのが、だんだんと調子よくなって店内を行進していた。

敗戦後の日本人は「みんなが戦争について反省し、新しい時代に満足していた」的な括り方がされることが多く、大枠ではそうなんだろうと思う。小津安二郎はこの軍艦マーチのシーンで何を言いたかったんだろうなあ。

この時代と現代のギャップを感じさせる要素は多かった。たとえば中華料理屋の客は、入ってくるなり「チャーハン!」と言って座り込み、食い終わるなり「おーい、ここに置いとくよ!」と勘定をカウンターに転がして出て行く。店主が「へいどうも、ありがとうございます」とペコペコするのとは対照的に、客はああいう態度だったのかねえ。

若いサラリーマンの小料理屋での対談シーンも面白かった。後輩がセンパイに対して敬語で話しているのは普通なんだが、相手のことを「あんた」と呼ぶのを聞いておどろいた。当時「あんた」は敬語だったのだろうか。今度わたしの親世代のひとに会うことがあったら尋ねてみたい。

そんなわけで、わたしの短い人生のうちですらこれだけ世の中が変わっていくんだから、人間の活動ってのは活発なんだね。

来年はどうなるのか。世界では悪いことがたくさん起こるだろう。だからこそ、身の回りにいいことをたくさん作りだし、楽しみながら行けたらいいな。

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