むかしむかし日本にはチッキというものがあってな、庶民が遠くへ荷物を送るときはこれを使っておったんじゃぁ。
チッキは国鉄の手荷物・小荷物配送サービス。わたしも大学入学で東京へ出るときの引越し荷物(布団袋と段ボール箱)に始まり、何度もチッキのお世話になった。荷物を自転車に積んで駅まで行き、伝票をくくりつけて送り出す。そのあと自分が電車で東京なり実家なりへ移動し、そこの駅で受け取る(個別の配達もしていたと思う)。
宅配便という個人向けのトラック輸送が誕生する以前は、物流といってものんびりしたもので、運送業にかかわるひとたちも仕事に余裕があったことだろう。だが今は、物流の過剰な伸びと、安く抑えられたままの運賃のせいでドライバーが疲弊し、運送業界はブラック現場と化している。
わたしが社会に出るころ、ワープロというものが発明され、あちこちの職場に出現するようになった。
ワープロはあっという間に小型化され、海外出張にも持ち出せるサイズになり、やがてパソコンがそれに取って代わった。テレビ番組の構成表(内容の骨子をまとめたもの)づくりも手書きからパソコンに変わり、項目の入れ替えなどが素早くできるようになった。字の汚いひとが書いた構成表を読むのは苦痛だったが、それもなくなり、仕事の効率が上がった。
とある大型番組の制作のためエルサレムに2ヶ月ほど滞在したときも、作業部屋にずらりと並んだパソコンの前でスタッフが働いていた。そのなかでひとり、年かさのディレクターが「俺はコンピュータを使わん」といって手書きの構成表をしたためていた。癖のある文字列がだんだん斜めになっていくのを我慢しながら読み進めるのは後輩たちの仕事だったが、打ち合わせの結果内容を入れ替える作業はセンパイ自身の仕事。彼はやおらハサミを取り出すなり構成表をじょきじょきと切り分け、表の順番を入れ替えて粘着テープで固定していた。
思えばパソコンの登場以前の世界では、みんなこのようなスピード感で仕事をしており、それで世の中は回っていた(それをいうなら電気のない江戸時代だって回っていたわけだし)。ところがパソコンが普及し、それらがネットでつながった瞬間、わたしたちは電光石火のスピードで働くようになった。過去には1時間かけてやっていた仕事を30分でこなし、そのため仕事の量が2倍になっただけではない。スマホ持ちだったら24時間メールに反応できるものと思い込んでいる上司やらなんやらのせいで身も心も疲れ果てている労働者はわたしの家にもひとりいる。
同時に現代の労働者は、ひとつ仕事をするうえで接する情報量がむかしとは桁違いに増えている。たとえばわたしは番組ひとつ作るとき、まず10冊ほどの本を買ってきて1週間で読み込むところから始めたものだが、今どきその程度の情報量は一日もあれば手に入る。おかげで仕事の効率は爆上げになったかもしれないが、人間はかなり疲れていると思う。以前なら本という媒体から1週間かけて情報を得、ゆっくり咀嚼しながら考えをまとめていったところ、今は1週間分の情報をぎっしぎしに頭に詰め込んだまま、落ち着いて考える間もなく突っ走らなければならないからだ。
現代人の脳はかなり疲れている。この状態で週に5日も働くなんて、どれだけ心身に負担をかけていることか。人間の脳は、このレベルの酷使に耐えられる設計にはなっていないと思う。とくに若いひとたちは動画やゲームで脳が休まる時間が少ないうえ、SNSで仲間とつながりっぱなしの疲労感がけっこうあるんじゃないか?
そういうわけでわたしは週休3日制に大賛成。とくに水曜を定休にすることで、月・火・木・金のいずれも前日または翌日が休みとなり、心身ともにかなりリラックスできるはず。そうなれば若いひとたちにも暮らしをじっくり味わう余裕が生まれ、その先には結婚してみようかとか、家族つくってみようとかいう気持ちにもなりやすいのでは。少子化問題の解決策はいろいろあるだろうが、こうした面からも日本社会は変わっていってほしい。
週休3日になれば給料が下がるというひとがいて、一部はその通りかもしれないが、勤労者のリラックス効果を生産効率アップに結び付けられない企業はだんだん落ちぶれていき、逆に週休3日を武器として伸びる企業がこれからは台頭していくだろう。企業は、新しい仕組みに対応できるものが常に生き残ってきた。
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