Pennyと地球あっちこっち

日米カップルの国際転勤生活 ~ ただいまラオス

マゴーシャのドイツ嫌い

ヨーロッパってのはひとが生きるうえでほんとに厳しい環境なのだと初めて思い知らされたのは96年のことだった。

ある番組の取材でパリにいたわたしは、パリ支局に出入りしているリサーチャー(番組の材料となる情報収集や取材交渉・通訳をしてくれるひと)のポーランド人と一緒に仕事をしていた。マゴーシャという名のその中年女性は、ポーランド語のほかフランス語・英語をあやつる歴戦のつわもので、たいへん頼りになった。

マゴーシャと一杯やりにバーへ行ったときのこと。何杯目かのウォッカを舐めながら、翌日に控えているドイツでの撮影についての話題になった。取材相手が細かい条件を出してきた件について話すうち、話題はドイツ人のキャラクターに移っていき、そのなかでマゴーシャが同じ言葉を何度か口にした。

German people! 

ドイツ人ったら!

肩をすくめ、目玉をぐるりと回して「やれやれ顔」をしてみせるマゴーシャ。言いたいことがたくさんあるのだろう。57年前の1939年、ポーランドは突如として隣国ドイツによる侵攻を受けた。都市は空爆により破壊され、多くの民間人が殺され、ポーランドは主権を奪われた。

ドイツへの恨みが、戦後生まれのマゴーシャにも濃厚にインプットされたことは間違いないだろう。わたしが感じた範囲ではマゴーシャはことさらにドイツ嫌いというわけではなかったが、おりにふれ飛び出す「ああいうひとたちだから・・・」というひとことに、噛みしめても噛み潰すことのできない苦い実の存在を感じた。

どれほどの非道を働いた連中であっても、ドイツはポーランドの隣国。マゴーシャがパリへ来て働いていてもドイツは隣国。今でもうっすらとした恐怖を覚える相手であっても、どこかへ消えていってくれるわけもなく、そのようにして欧州大陸では無数のマゴーシャが肩をすくめ目玉を回しながら今日も生きているのだろう。

わたしにとって観光(とたまに仕事)の場所でしかなかったヨーロッパが、生々しい内面の格闘の現場として姿を現わしてきて、少し大袈裟にいえば世界を見る目がすっかり変わってしまった瞬間だったように思う。日本はいろんな意味で恵まれており、そのためわたしたちは甘ちゃんで傲慢なところがけっこうあるのだと、初めてシリアスに考え始めるきっかけでもあった。

ほんとうはあのときマゴーシャから「ポーランド人の記憶」について細かく尋ねるべきだったところ、連日の睡眠不足で電池切れを起こしていたことが悔やまれる。ちなみに39年のポーランド侵攻は、ドイツと「ポーランドの分け獲り」を密約したソ連が足並みを揃えて行ったものであり、ポーランド人の恨みは等しくロシア人にも向けられている。マゴーシャにそれを話したなら、Russian people! といって目玉をまわすに違いない。ヨーロッパは甘くない。

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