長野のスキー場で、コース外に出ていた外国人グループが雪崩に遭い、ふたりが意識不明というニュース。これを見た瞬間思い出したのは30年ほど以前、北アルプスでのある出会いだった。
そのときわたしは、春山シーズンの穂高岳に登るテレビ番組の撮影で、ふもとにある坂巻温泉に宿泊していた。坂巻温泉は登山者にとってベースキャンプのような役割を果たしており、これからアタックするクライマーや、無事に下山してきて疲れを癒すひとたちで賑わう。
翌早朝に出発を控えたわたしたちが夕食をとっていたところに、7~8人の男女が到着した。韓国から来た若者だった。全員がぱんぱんに膨らんだペーパーバッグを2~3個ずつ下げており、それは登山用品で知られる石井スポーツのものだったから、目的が登山あることは一目瞭然だった。
(用具がぜんぶ新品ってことは・・・)
と顔を見合わせたわたしたち。春山といっても北アルプスは分厚い雪と氷に覆われており、気温は零下十数度、吹雪に見舞われてルートを見失えばいとも簡単に遭難する。韓国の若者たちは、おそらく使い方もよく理解していない登山用具を値札付きのまま持ち込み、そういう危険な場所に踏み込もうとしているのだろう。
君たち止めといたほうがいいよという言葉が喉まで出かかっては飲み下ししながら夕食を終え、日本酒片手に翌日の登頂ルートについて打ち合わせをしているところへ、韓国隊のリーダー格らしき兄ちゃんが声をかけてきた。彼はたどたどしい英語でこう言った。
「あの、焼岳へはどのルートで行けばいいですか?」
坂巻温泉から焼岳(2445m)への登山は夏場でも8時間ほど。積雪期は天候しだいで2倍かそれ以上の時間を要し、日帰りできない場合は雪中ビバーク(緊急露営)がちゃんとできなければ凍死する。北アルプスクラスの登山経験がなさそうな彼らが、そういう山にガイドもなく踏み込むのは絶対にお勧めできない。
だからといって登山の中止を命令できるわけでもなし、韓国隊の相談に乗ることにした。高校で山岳部にいたわたしをはじめ、撮影スタッフはそれなりの登山経験があるものの、しょせん素人。若者たちの相談相手になったのは、北アルプスを自宅の庭のように知るばかりでなく、数度のヒマラヤ登山にも挑戦した熟練の山岳ガイドだった。
ガイド氏は、韓国隊が差し出したまっさらな地図上に、通るべきルートや分岐点の目印を書き込みながら、天候急変時の対処法についても詳しく解説していった。
わたしたちが想像したとおりかれらは、積雪期はおろか夏場ですら本格的な登山の経験がなく、たとえば深雪に腰まで埋まりながら進む「ラッセル」がどれほど激しく体力を消耗するか、まるで想像できていない様子だった。
「君たち、本当にだいじょぶか?俺はかなりキビシイと思うよ」
何度か忠告をするガイド氏に、若者たちは爽やかな笑顔で礼を述べながら部屋へ引き上げて行った。
翌日、ガイド氏に先導されたわたしたちは、垂直に近い氷壁をよじ登って穂高の山頂を目指したが猛吹雪にたたられて山小屋待機。3日後、ようやく登頂して撮影を済ますことができた。
そのあいだずっと韓国隊のことが頭を離れず、下山後もしばらくニュースに神経を尖らせていたが、幸いにして遭難の報を耳にすることはなかった。かれらは予定どおり焼岳登山に成功したのか。それとも途中であきらめて帰ってきたのか。いずれにせよ、かなり運が良かったのだろうと思う。
今回、長野のスキー場のコース外へ冒険に出たスキーヤーは、冬山の恐ろしさをどれくらい知っていたのか。せめて地元の山岳ガイドを雇うような知恵があればよかったのにとも思う。正気のガイドだったら受けない仕事だけど。
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