それが不幸だとは必ずしもいえなかったかも・・・というのが人間の複雑なところ。
三歳下のまたいとこKちゃんが亡くなった。
Kちゃんは数年前、連れ合いに先立たれて以来、周囲の者たちが「ちょっと引いてしまう」ほどの嘆き悲しみ様で、かける言葉が見つからないほどだったというが、親戚の兄貴株が町へ連れ出しては飲み食いさせるなど、できる限りの面倒は見ていたらしい。
今月はじめ、アニキと食事した翌日から連絡がとれなくなり、遠隔地に住む弟がアパートの鍵を持って駆けつけ、部屋に入ったところ、Kちゃんはひっそりと亡くなっていた。
食道に破裂があったというが、多臓器不全のようなものだったかもしれない。Kちゃんは、ボロボロのからだになって旅立った。
Kちゃんの亡くなった奥さんは、町でも評判の美人さんで、明るい笑顔がひとを惹きつけるだけでなく、Kちゃんの実家の稼業が時代の流れについていけず崩壊し、跡取りのKちゃんが苦労に苦労を重ねる日々を気丈に支えていた。
言葉は悪いが、ヨメでもっている家... といっていい働きがあったと思う。
そんな奥さんを急な病気で亡くしたあと、Kちゃんの端正なマスクからは持ち前の明るさが完全に消え、ここ2~3年は体もボロボロ、椎間板ヘルニアが深刻化しても糖尿病の影響で手術も出来ず、両手で杖をつき、痩せ細ってヨボヨボ歩くありさまだったという。
Kちゃんの結末は確かに悲惨だった。その苦しみを思えば言葉もない。だが、それほどまでに愛する伴侶を持てたこと、妻を支えを得て逆境を前向きに生きられたことは、Kちゃんの人生への大きなプレゼントだったともいえるかもしれない。
その意味でわたしはKちゃんと同じ境遇にある。だから、妻に先立たれたらズタボロになる自信がある。だが、困ったことに妻より長生きすることを約束してしまっており、あとは覚悟して生きていくしかない。

やれる自信はないけど。
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