Pennyと地球あっちこっち

日米カップルの国際転勤生活 ~ ただいまラオス

運転席の絶望

ふと東京から千葉へ向かってハンドルを握っていたときの景色が脳裏に浮かび上がってきた。

あれは景色なんてもんじゃなかった。

雨の朝、延々と渋滞する国道。絶望的な眺めだった。

その日わたしは千葉県松戸市のアパートで目覚めた。遠くでベルの音・・・と思ったのは自分の電話だった。今から40年ほど前、まだ電話が黒かった時代の話である。

それは会社の先輩だった。

「おまえさ、下見の出発時間20分も過ぎてるだろ?代理店のひと、ずいぶん前に来て待ってるぞ」

5万ボルトの電撃が全身を貫いた。

その日わたしは、とあるビデオパッケージの撮影の下見で千葉県へ行くことになっていた。ビデオは全国の自動車整備士に見せる教育もの。撮影に適した自動車整備工場が見つからず、似たような雰囲気のある場所として袖ケ浦市にある陸運事務所(いわゆる車検場)を借用することになっていた。

このプロジェクトには、4つの立場が関係している。

・最下層はわたしが働く制作プロダクション。

・その上が広告代理店。

・代理店に仕事を発注したのが日製連という、自動車整備の業界団体。

・その上に来るのが自動車行政を仕切る運輸省。日ごろから日製連を「指導」する立場にあり、おそらくこの自動車整備士育成ビデオ制作には運輸省の補助金が出ていたと思う。

運輸省は今回のプロジェクトの最上位に君臨するだけでなく、撮影用に陸運事務所を貸すという便宜をはかってくれた。

にもかかわらず、最下層の担当者が大寝坊をこき、同行することになっていた代理店のひとに死ぬような思いをさせてしまった。

彼はわたしの到着を待つあいだ、陸運事務所や現地で落ち合うことになっていた日製連のひとたちに詫びの電話を入れまくっていたに違いない。といっても携帯電話のない時代にサクサクと連絡はつかない。

このような不祥事が国交省に知られ問題になろうものなら・・・と代理店のひとの肝は50分の1くらいまで縮まったことだろう。

松戸のアパートを飛び出したわたしはバイクにまたがり、20km先の会社をめざし雨で混雑する水戸街道(国道6号線)をめちゃくちゃに突っ走った。事故を起こしたらどうなるかという理性は完全に吹き飛び、ただただビビって急いでいたと思う。

無事に日本橋浜町の会社に滑り込み、カバンを持って突っ立っていた代理店の足元に土下座(すれすれのお詫び)。ただちにクルマに乗り込み、千葉袖ヶ浦市にある陸運事務所へ。1時間遅れの出発だった。

今なら東京湾をすいっと渡って行ける袖ケ浦だが、当時は主に一般国道(国道14号線)をえんこら行くしかなく、その朝はすごい渋滞だった。順調に行っても2時間、この様子では3時間はかかるかも・・・

じりじりとしか進まない車列に目を据えていたら、それまでムッとした表情で押し黙っていた代理店のひとが口を開いた。

「1時間で着いてください」

彼の言い分はもっともだった。もしも1時間で着くのであれば、遅刻せずとも済む。

そんなの絶対ムリだわ・・・というのがわたしが目にしていた絶望の景色だった。

なんで寝坊したのかって?

いいこと訊くねえ。

前夜、学生時代の友達と大盛り上がりしてしまったのさ。

25歳のあのころは酒のコントロールがまったくきかず、年に一度くらいはこうしたしくじりをやっていた。

したがってバイクで会社へ急ぐときも、クルマで陸運事務所へ向かうときも、わたしはとんでもなく酒臭い息をしていたはず。最悪中の最悪、まったく洒落にもならない愚か者だった。

愚か者が運転するクルマは結局、1時間半ほど遅刻して袖ケ浦の車検場に着いた。

代理店さん、ご関係の皆さん、ほんとに申し訳ありませんでした。

車検場はうまく撮影すると整備工場に見える

なお、関西人である代理店さんが発した「着いてください」は、「だ」にアクセントがくる

さい

であったのだが、その響きは馬鹿なわたしにとってとてもキツかった。今でも「くさい」を耳にすると、胸がぞわっとすることがある。

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