ラオスからガソリンが消えた?

スタンドに集結したバイクは優に100台を超え、クルマの列も300メートル超えだった。ここだけ見たら立派なパニック。来るべきものが来てしまったのか。
妻のオフィスのある現地スタッフは、クルマを毎週満タンにするほどの長距離通勤者(家族事情により実家住み)なんだが、今はもう給油できるガソリンスタンドを探してガソリンを使いまくる非常事態に陥っているかも。
だがおそらくラオスという国では、ガソリンの入手難が深刻化しても暴動は起きないだろう。政府には逆らわない癖がついているせいもあるが、ラオス人の性格は元来温和であり、怒りを露わにすることが極端に少ないからだ。
そうした性格の背景には「あきらめのいい」仏教もあるが、なんといっても食うに困らない土地柄があるだろう。ものなりがよく餓死も凍死もない国だもん、ガソリンがないくらいでそうキリキリするもんじゃないだろう。
ひとは食べ物さえちゃんとあれば静かにするし、それで国家も安定する。
明治時代のはじめに米国ピッツバーグの造船所に勉強に行った日本人は、アメリカの食べ物の豊富さに驚いたという。
仕事終わりにビールを引っ掛けにいく酒場では、酒代さえ払えばパンやハムなどが食い放題。それを目にした我が同胞は、造船所に横たわる巨大な船よりも、むしろこの食糧の豊かさに、彼我の国力の差を見たという。

それ以降もアメリカはずっと食べ物が安かった。貧乏人でも腹いっぱい食える国だったから、いろいろあっても安定してきた。
アメリカの安定は続くのか?
ちょっと難しいかもしれない。食料価格は相対的には値上がりしていないものの、住宅・医療・教育の支出が跳ね上がったせいで、食費に十分なお金をまわせない層がアメリカのマジョリティになりつつあるからだ。
本当にアメリカのためになるとも思えない戦争をおっぱじめて物価を押し上げる暇があったら、国内の改革に精を出したほうがヨカンベと思うのだが。
ここまで書いたところで「ビエンチャンではガソリンスタンドが次々に休業」「開いてるスタンドはどこも3時間待ち」「クーポンがあれば給油できるが、量の制限あり」といった書き込みが職員と家族の Watsapp グループに集まり始めた。
川向うのタイが頼りになるかとも思ったが、タイでも供給制限が始まって混乱拡大中との情報も。
そろそろマジでやばいかも。
燃料がないから食品も入ってこないなんてことにならなければいいのだが。
ブログのランキングというのがあって、これをポチしていただくとたいへん励みになります。