Pennyと地球あっちこっち

日米カップルの国際転勤生活 ~ ただいまラオス

がっかり、あれはウソだった

わたしは、とんだマヌケだった。

なにしろ、世界はよくなるものだと信じていた。

ジユウ や ミンシュシュギが地球上にじわじわと広がり、最終的には理性が勝つ。人類は学習する生き物で、ウソはいつか見抜かれ、暴力はコスパが悪いと理解され、話し合いが主流になる――

そんなふうに、なんとなく思っていた。

いま起きていることは、その真逆である。

「この経済問題は1日で片づく」

「この戦争は1週間で終わらせる」

そういう耳あたりのいいデタラメを堂々と叫ぶ指導者が現れ、それを「まあ、言い切ってくれるし」と信じる国民が過半数を占める国も出てきた。

理性よりも勢い。事実よりもノリ。

ウソが世界を支配する時代が、思いのほかスムーズに到来してしまった。

ところで、わたしが小学生だった昭和の中頃。

未来予想図の定番といえば「21世紀はロボットが全部やってくれる世界」だった。

人間は働かず、ロボットが料理をし、洗濯をし、工場を回し、人類は趣味と芸術と昼寝に専念する――

そんな夢のような毎日が、教科書や図鑑には堂々と描かれていた。

ところが実際の21世紀を見渡すと、ロボットとテクノロジーの恩恵は、なぜか一部の人の口座残高だけを潤している。

富める者はますます富み、そうでない者は「自己責任」という便利な言葉を配給される。

当たり前だよね。社員でもない赤の他人にメシを食わせたり洋服を買ったり温泉旅行に行かせてくれる資本家など存在しない。自動化で増えた利益は、きれいに上の階で循環する仕組みになっている。

そして、まだ踏ん張っている労働者たちに、最後の追い打ちをかけに来るのがAIだ。

控えめに見積もっても労働者の三分の一、ホワイトカラーに限れば半分は「いなくてもよくなる」と言われている。

だから人々は政治に愛想を尽かし、「考えなくていい答え」をくれるポピュリストに惹かれていく。

ジユウ?

ミンシュシュギ?

そんな面倒なものより、全部わかってる“神みたいな指導者”に任せたほうが楽じゃないか、というわけだ。

理性ではなく、絶望が社会を動かす。資本主義の終盤は、どうやらそういう景色らしい。

さて、そんなカオスな21世紀にあって、わたしはどう生き延びていくのか。

一応、考えてはいるが、答えはなかなか出てこない。

まあ、小学生のころ未来を読み違えた人間に、そんなに鋭い答えが出るとも思えないのだけれど。

それでも今日も21世紀は続いていく。

ロボットは忙しく働き、人間は不安を量産しながら。

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